

画像の鉢は朝鮮王朝(1392年~)、李朝初期に造られた物で、日本では「無地刷毛目」と言われています。
元々は鉢として造られた物で土が汚い為、化粧として白泥釉をかけた雑器でした。
それを桃山時代の茶人達が取り上げ、お茶用の茶碗に「見立て」た物です。
茶碗として使い込む事により白泥釉が汚れ、その様を「景色」と呼び、その変化を「育つ」と呼び、「味気」を楽しだのです。
この様な日本人の感性は世界において特別な物であり、唯一と言って良いと思います。
これは豊かな自然と四季に恵まれた風土、他民族を受け入れ同調しながら「日本人」を育て、作り上げて来た歴史に起因するところだと思います。
同じ様に日本人は割れてしまった器を傷を隠さず「金継ぎ直し」をして、それも「景色」として楽しむ事が出来るのです。
西洋の直しは、上から同じ色を塗って傷を分からなくしてしまいます。
そこには「生かす」と「殺す」の違いがあります。
定かでは有りませんが「量子」は観測者の存在よって現れると聞いたことがありますが、
この茶碗も観測者の「茶碗だ」と言う認識「見立て」によって良い茶碗に成り、今は私の元に有ります。


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